大阪高等裁判所 平成6年(う)786号 判決 1995年1月25日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人富久公作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官福本孝行作成の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は要するに、原判示第三の事実について、違法な捜索差押手続に基づき収集された本件覚せい剤五袋には証拠能力がないのに、これを肯定して有罪認定の証拠とした原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討すると、所論覚せい剤の証拠能力を肯定した原審の判断は正当として肯認できる。すなわち、原審取調べの関係証拠によれば、(一)被告人は平成六年三月一七日、普通乗用自動車を急発進させて警察官二名を負傷させるとともに、同人らの職務の執行を妨害し(原判示第一の事実)、同年五月一九日、大阪市a区内で同事実により通常逮捕されたが、その際付近路上に駐車していた被告人の右自動車が証拠品として差し押さえられ、大阪府南警察署に搬送されたこと、(二)同署において、警察官から同車両に対する捜索の立会いを求められて、被告人はこれを拒否し、翌二〇日、右傷害、公務執行妨害の事実に基づく捜索差押許可状の発布後再度求められた立会いも拒否したこと(その際警察官が令状発布の事実を被告人に告げたかどうかは証拠上明らかでない。)、(三)そこで警察官は、同月二三日、被告人の両親を呼び出し、右令状を呈示したうえ、立ち会わせて同車両内を捜索したところ、本件覚せい剤などを発見したため、同日、覚せい剤取締法違反被疑事件の差押許可状の発布を得て、翌二四日、被告人の母親を呼び出し、同許可状を呈示したうえ、立ち会わせて右物件を差し押さえたこと、(四)右捜索差押許可状及び差押許可状のそれぞれの執行に際して、警察官が各令状とも被告人に示した事実はないこと、が認められる。
司法警察職員らが令状に基づいて捜索、差押えをするときは、処分を受ける者に当該令状を示さなければならない(刑訴法二二二条一項、二一八条一項、一一〇条)が、その趣旨は、手続の公正を担保するとともに、処分を受ける者の利益を保護することにあると解されるところ、本件においては、被告人がまず任意捜査としての捜索の立会いを拒否し、次いで捜索差押許可状が発布された後も再度立会いを拒否したことは前示のとおりであるが、そのことをもって直ちに、被告人が令状の呈示を受ける利益までも放棄したと考えることは早計に過ぎる。まして、被告人は当時南署に勾留されていて、令状の呈示を困難とする事情がなかったのであるから、手続の公正を担保する前記趣旨に照らし、呈示を省略することは許されない。そうすると、捜索差押許可状及び差押許可状を被告人に呈示せずにした本件捜索及び差押えは、前記規定に反し違法といわざるをえない。
しかしながら、警察官において、本件捜索及び差押えを実施することは被告人に告げており、これに対して被告人が強く立会いを拒否したので、被告人の親に令状を呈示したうえ、執行に立ち会わせていることなど、前示の事情を考慮すると、その違法の程度は重大とはいえず、右手統によって収集された本件覚せい剤の証拠能力に影響を及ぼすとは考えられない。そうすると、これを証拠として取り調べ、事実認定の用に供した原審の訴訟手続に法令違反はない。論旨は理由がない。
控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討すると、本件は、警察官から職務質問を受けた際、自動車を急発進させて公務執行を妨害するとともに、二名の警察官の足を礫過し傷害を負わせた(第一)ほか、覚せい剤の自己使用一回(第二)及び約一・七五六グラム所持(第三)の事案であるが、公務執行妨害・傷害の態様は危険悪質であること、被告人は覚せい剤の同種事犯で執行猶予付き懲役刑に処せられながら、その後間もなく本件各犯行に及んでおり、覚せい剤に対する親和性が強く認められることなど、諸般の事情に徴すると、刑責は軽視できない。そうすると、反省状況など所論指摘の情状を十分斟酌しても、被告人を懲役二年に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条、刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 逢坂芳雄 裁判官 七沢章 裁判官 米山正明)